黄権

黄権 黄権

黄権
字は公衡。劉璋に仕えていた時、進言を聞き入れられず劉備の益州攻略を許すが、黄権は主の降伏を聞き届けるまで戦い続けた。劉備は黄権の忠義に感服し、厚遇した。夷陵の戦いにて劉備が黄権の言に背き敗れると、黄権は退路を失い魏に降る。後に蜀の妻子が処刑されたと噂されても黄権は全く耳を貸さなかった。そして事実、劉備は「裏切ったのは黄権ではなく、自分だ」として彼の家族を引き続き遇していた。
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